日本国憲法と基本的人権 / 自衛隊の海外派遣と安全保障法制

PKO協力法と国際貢献

要点整理

湾岸戦争と「国際貢献」論の出発点

1990年8月、イラクが隣国クウェートに侵攻しました。これに対し、国連の決議を受けて、1991年にアメリカを中心とする多国籍軍がイラクを攻撃し、湾岸戦争が始まりました。

このとき日本は、多国籍軍に対して多額の資金を拠出しましたが、憲法上の制約などを理由に、自衛隊の部隊を派遣するような人的な貢献はできませんでした。この対応は「日本は金は出すが人は出さない」と国際社会から批判を受けることになり、日本国内でも「国際社会にどのような形で貢献すべきか」という「国際貢献」論が本格的に議論されるきっかけとなりました。

湾岸戦争の停戦後、1991年には、ペルシャ湾に敷設された機雷を除去するため、海上自衛隊の掃海艇が派遣されました。これは戦闘終結後の非軍事的な活動であり、当時の法律の枠内で実施されたものでした。

PKO協力法の制定(1992年)

湾岸戦争での批判を受け、自衛隊が国連の平和維持活動(PKO:Peacekeeping Operations)に参加できるようにするための法整備が進められ、**1992年にPKO協力法(国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律)**が成立しました。

PKO協力法により、自衛隊が国連の枠組みのもとで、紛争地域における停戦監視、道路・インフラの復旧といった後方支援などの活動に参加することが可能になりました。ただし、自衛隊の海外での活動が憲法9条の趣旨に反することのないよう、参加にあたっては厳格な原則(PKO参加5原則、たとえば紛争当事者間の停戦合意の成立、当事国等の受け入れ同意、中立的立場の厳守、原則が満たされなくなった場合の撤収、武器使用は要員の生命等の防護のための必要最小限に限ることなど)が定められています。

カンボジアPKOへの派遣

PKO協力法の成立と同じ1992年、自衛隊は同法に基づいてカンボジアPKOに派遣されました。これが、自衛隊がPKO協力法のもとで海外に派遣された最初の本格的な事例です。カンボジアでは、道路や橋の修復といった後方支援業務を中心に活動が行われました。

なぜテストで狙われるか

  • 1990年 クウェート侵攻 → 1991年 湾岸戦争 → 1992年 PKO協力法制定 → 1992年 カンボジアPKO派遣」という年代の流れを正確に順序立てて覚えているかが頻出。
  • 湾岸戦争で日本が「資金拠出のみで人的貢献ができなかった」ことが、その後の国際貢献論・PKO協力法制定の直接のきっかけになったという因果関係を理解しているかが問われる。
  • 1991年のペルシャ湾への掃海艇派遣と、1992年のPKO協力法に基づくカンボジア派遣は、別の出来事・別の法的根拠であることを混同しないこと(掃海艇派遣はPKO協力法制定より前)。
  • PKO協力法の正式名称(国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律)や、参加にあたっての厳格な原則(停戦合意・受け入れ同意など)が定められている点も出題されやすい。

例題

例題1(基本)

問題

次の文章の空欄に当てはまる語句・年を答えよ。

1990年、イラクが( ① )に侵攻し、翌1991年には( ② )が起こった。日本は資金拠出のみで人的貢献ができず国際的批判を受け、これをきっかけに( ③ )年、自衛隊のPKO参加を可能にする法律が制定された。

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①はイラクが侵攻した隣国なので「クウェート」です。②はその翌1991年に起きた、アメリカを中心とする多国籍軍による戦争なので「湾岸戦争」です。③は、湾岸戦争での批判を受けて自衛隊のPKO参加を可能にした法律(PKO協力法)が成立した年なので「1992」年です。

答え:① クウェート ② 湾岸戦争 ③ 1992

例題2(標準)

問題

次のうち、湾岸戦争とPKO協力法について述べた文として、誤っているものを1つ選べ。

  1. 湾岸戦争で日本は資金拠出のみを行い、自衛隊の部隊派遣による人的貢献はできなかった。
  2. PKO協力法は、1992年に成立した。
  3. PKO協力法により、自衛隊は国連の平和維持活動に参加できるようになったが、参加にあたっては停戦合意の成立などの原則が定められている。
  4. 自衛隊が初めてPKO協力法に基づいて派遣されたのは、湾岸戦争が起きたイラクである。
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  1. 正しい。湾岸戦争で日本は資金拠出のみを行い、人的貢献ができず批判を受けました。
  2. 正しい。PKO協力法は1992年に成立しました。
  3. 正しい。PKO参加5原則など、参加にあたっての厳格な原則が定められています。
  4. 誤り。PKO協力法に基づいて自衛隊が初めて本格的に派遣されたのはカンボジアであり、イラクではありません。イラクへの自衛隊派遣は、後の2003年のイラク復興支援特別措置法によるものです。

答え:4

例題3(応用)

問題

次のA~Dの出来事を、年代の古い順に並べ替えよ。

A. PKO協力法の制定 B. イラクによるクウェート侵攻 C. 自衛隊のカンボジアPKO派遣 D. 湾岸戦争(多国籍軍によるイラク攻撃)

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Bは1990年8月、Dはその翌1991年、Aは湾岸戦争での批判を受けて1992年に成立、Cも同じ1992年にAの法律に基づいて実施されました。したがって、B(1990年)→D(1991年)→A・C(1992年、法律制定後に派遣が行われたのでAが先)の順になります。

答え:B → D → A → C

例題4(発展)

問題

ある生徒が「1991年にペルシャ湾へ海上自衛隊の掃海艇が派遣されたのは、1992年に成立したPKO協力法に基づく、自衛隊による初めての本格的な海外派遣である」と説明した。この説明の誤りを指摘せよ。

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この説明には2つの誤りがあります。第一に、1991年のペルシャ湾への掃海艇派遣は1992年に成立したPKO協力法に基づくものではありません(法律ができる前の出来事です)。第二に、PKO協力法に基づく自衛隊の最初の本格的な派遣は、掃海艇の派遣ではなく、同じ1992年のカンボジアPKOへの派遣です。年代の前後関係(掃海艇派遣が1991年、PKO協力法制定とカンボジア派遣が1992年)を正確に区別する必要があります。

答え:掃海艇派遣(1991年)はPKO協力法(1992年制定)に基づくものではなく、同法に基づく最初の本格的な派遣はカンボジアPKO(1992年)である。

確認問題

問題

湾岸戦争での日本への批判をきっかけに、1992年に制定された、自衛隊の国連平和維持活動への参加を可能にした法律を何というか。また、同年に自衛隊が初めて本格的に派遣された国はどこか。

答え

PKO協力法/カンボジア