日本国憲法と基本的人権 / 新しい人権

環境権

要点整理

環境権とは

高度経済成長期(1950年代後半〜1970年代)には、工場からの排煙や排水などによる公害が各地で深刻化し、四大公害病(水俣病・イタイイタイ病・四日市ぜんそく・新潟水俣病)をはじめとする健康被害が社会問題となりました。こうした状況を背景に、「健康で安全・快適な環境の中で生活する権利」として主張されるようになったのが環境権です。

環境権は、日本国憲法に明文の規定がある権利ではありません。多くの学説は、第13条の幸福追求権第25条の生存権(「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」)を根拠として、環境権を導き出しています。ただし、最高裁判所は、環境権をそれ自体独立した具体的な権利として正面から認めたことはまだありません。この「学説では主張されているが、最高裁が正面から認めたわけではない」という位置づけは、環境権を理解するうえで最も重要なポイントです。

大阪国際空港公害訴訟(最高裁1981年)

事件の経緯

大阪国際空港(伊丹空港)の周辺住民が、航空機の騒音・振動によって健康被害や生活妨害を受けているとして、①夜間(午後9時〜翌午前7時)の航空機の発着の差し止めと、②過去および将来にわたる損害賠償を求めて国を訴えました。

争点

住民が求めた「夜間飛行の差し止め」を、通常の民事訴訟(人格権や環境権の侵害を理由とする差し止め請求)によって認めることができるか。また、将来発生するであろう損害についても、あらかじめ賠償を命じることができるか。

判決・決定の内容

最高裁判所(1981年・大法廷判決)は、空港の供用(運航)は国が航空行政権という公権力の行使として行っているものであるから、私法上の差し止め請求(民事訴訟)によってこれを求めることは不適法であるとして、差し止め請求は認めませんでした。損害賠償については、過去に生じた損害の賠償は認めた一方で、将来の被害の程度や状況の変化を確実に予測することはできないという理由から、将来分の損害賠償は認めませんでした

なぜテストで狙われるか

「差し止めは認めず」「過去の賠償は認めた」「将来分の賠償は認めなかった」という3つの結論をセットで問う問題が頻出です。特に「将来分の損害賠償も認められた」という誤った選択肢に注意しましょう。また、この判決が環境権という権利そのものを正面から認めたわけではない(あくまで運航の公権力性を理由に差し止めを退けた)という点も、正誤問題でよく狙われます。

国立市マンション訴訟(最高裁2006年)

事件の経緯

東京都国立市の大学通り沿いに、高さ約44mの高層マンションが建設されました。この通りは並木のある落ち着いた景観で知られていたため、周辺の住民が「良好な景観を享受する利益(景観利益)」を侵害されたとして、建物の一部撤去や損害賠償を求めて業者を訴えました。

争点

法律に明文の規定がない「良好な景観の利益」を、法的に保護される利益として認めることができるか。認められるとした場合、本件のマンション建設はその利益を違法に侵害するものといえるか。

判決・決定の内容

最高裁判所(2006年)は、良好な景観の中で生活する利益(景観利益)は、一定の要件を満たせば法律上保護に値する利益であると、初めて明確に認めました。しかし、本件については、業者による建築行為が権利の濫用にあたるなど著しく不相当な態様のものであったとまでは言えず、違法な侵害があったとは認められないとして、住民側の請求は退けられました(業者側の勝訴)。

なぜテストで狙われるか

「景観利益という利益そのものは認めた」が「本件の請求は認めなかった(退けた)」という、権利の承認と個別事案での勝敗が一致しないところが最大のひっかけです。「最高裁は景観利益を認めなかった」という誤答、逆に「住民側が勝訴した」という誤答の両方が作られやすいので注意しましょう。

2つの判例の比較

大阪国際空港公害訴訟と国立市マンション訴訟は、どちらも「新しい人権(環境的な利益)を求めたが、最高裁が独自の権利として正面から認めたわけではない」という共通点を持ちながら、結論の中身が異なります。この違いを表で整理します。

大阪国際空港公害訴訟(1981年) 国立市マンション訴訟(2006年)
求めた内容 夜間飛行の差し止め、損害賠償 マンションの一部撤去、損害賠償
差し止め・撤去請求 認めず(公権力の行使を理由) 認めず(違法な侵害なしを理由)
過去の損害賠償 認めた (実質的に)認めず、請求棄却
将来の損害賠償 認めず
権利・利益そのものの承認 環境権を正面から認めたわけではない 景観利益は法的保護に値すると明確に承認

環境権をめぐる法整備

公害問題への対応としては、まず1967年に公害対策基本法が制定されましたが、この法律は経済発展との「調和」を重視する条項を含んでいたため、1993年に環境基本法が制定され、公害対策基本法はこれに統合される形で廃止されました。環境基本法は、環境保全に関する国・地方公共団体・事業者・国民それぞれの責務や、環境基本計画の策定などを定めた基本法です。

なお、開発が環境に与える影響を事前に調査・予測・評価する制度は環境アセスメント(環境影響評価)と呼ばれます(この制度を定める環境影響評価法についても、環境権関連の年号としてあわせて確認しておくと安心です)。

例題

例題1(基本)

問題

次の文章の空欄に当てはまる語句を答えよ。

環境権は、憲法に明文の規定はないが、主に第(①)条の幸福追求権と第(②)条の生存権を根拠に主張される権利である。公害対策基本法に代わり、1993年には(③)が制定された。

解答・解説を見る

環境権の根拠となる条文は、幸福追求権を定めた第13条と、生存権を定めた第25条です。また、公害対策基本法(1967年)に代わって1993年に制定された法律は環境基本法です。

答え:①13 ②25 ③環境基本法

例題2(標準)

問題

大阪国際空港公害訴訟に関する記述として最も適切なものを、次の①〜④のうちから一つ選べ。

① 最高裁判所は、環境権を憲法上の権利として正式に認め、夜間飛行の差し止めを命じた。 ② 最高裁判所は、空港の運航が国の公権力の行使にあたるとして、民事訴訟による夜間飛行の差し止め請求を認めなかった。 ③ 最高裁判所は、将来発生する損害についても賠償を命じ、住民の全面勝訴となった。 ④ 最高裁判所は、住民の請求をすべて退け、過去の損害賠償も一切認めなかった。

解答・解説を見る

①は誤りです。最高裁は環境権を正面から認めたわけではなく、差し止め自体も認めていません。③は誤りで、将来分の損害賠償は認められていません。④も誤りで、過去の損害賠償については認められています。最高裁は、空港の運航を国の公権力の行使(航空行政権)にあたるとして民事訴訟による差し止め請求を退け、損害賠償は過去分のみを認めました。

答え:②

例題3(応用)

問題

次のA・Bの記述と、それぞれが説明している判例の組み合わせとして正しいものを、あとの①〜④のうちから一つ選べ。

A 良好な景観の中で生活する利益を法律上保護に値する利益と認めたが、業者側に違法な侵害があったとまでは言えないとして、住民側の請求を退けた。 B 空港の運航は国の公権力の行使にあたるとして民事訴訟による差し止めを認めず、過去の損害賠償のみを認めた。

ア 大阪国際空港公害訴訟 イ 国立市マンション訴訟

① A-ア B-ア ② A-ア B-イ ③ A-イ B-ア ④ A-イ B-イ

解答・解説を見る

Aは「景観利益」「業者側の違法な侵害はない」という記述から国立市マンション訴訟(イ)、Bは「空港の運航」「公権力の行使」「過去の損害賠償のみ」という記述から大阪国際空港公害訴訟(ア)とわかります。

答え:③

例題4(発展)

問題

環境権に関する次の記述のうち、誤っているものを一つ選べ。

① 環境権は、憲法25条の生存権や13条の幸福追求権を根拠として主張されている。 ② 環境基本法は、公害対策基本法を発展的に解消する形で1993年に制定された。 ③ 最高裁判所は、これまでに環境権を独立した具体的な憲法上の権利として正面から認めたことがある。 ④ 国立市マンション訴訟では、景観利益は法的保護に値するとされたが、住民側は敗訴した。

解答・解説を見る

③が誤りです。最高裁判所は、大阪国際空港公害訴訟をはじめ、これまでのところ環境権を独立した具体的な憲法上の権利として正面から認めたことはありません。①・②・④はいずれも正しい記述です。環境権が「学説では主張されているが、最高裁は正面から認めていない」という点は、繰り返し問われる最重要ポイントです。

答え:③

確認問題

問題

国立市マンション訴訟について、最高裁判所が示した判断の内容を、「景観利益」という語句を用いて50字程度で説明せよ。

答え

良好な景観を享受する利益(景観利益)は法律上保護に値するとしたが、本件では業者側に違法な侵害はないとして住民側の請求を退けた。