日本国憲法と基本的人権 / 新しい人権
プライバシー権
要点整理
プライバシー権とは
プライバシー権は、当初「私生活をみだりに公開されない権利」として主張されるようになりました。しかし、情報化社会が進展し、行政機関や企業が個人に関する大量の情報を収集・蓄積・利用するようになると、単に「公開されない」だけでは不十分になり、現代のプライバシー権は**自己に関する情報を自分自身でコントロールする権利(自己情報コントロール権)**として理解されるようになっています。プライバシー権も、憲法に明文の規定はなく、主に第13条の幸福追求権を根拠とする新しい人権です。
「宴のあと」事件(1964年、東京地裁)
事件の経緯
作家・三島由紀夫が発表した小説「宴のあと」は、実在の政治家(元外務大臣で東京都知事選挙に立候補した人物)をモデルに、その私生活を詳細に描いたものでした。モデルとされた人物は、私生活を無断で赤裸々に描かれ、プライバシーを侵害されたとして、作者と出版社を訴えました。
争点
表現の自由(言論・出版の自由)と、私生活を守るプライバシーの利益のどちらを優先すべきか。そもそも、プライバシーは日本において法的に保護される「権利」といえるのか。
判決・決定の内容
東京地方裁判所は1964年、「私生活をみだりに公開されない」という法的保障ないし権利、すなわちプライバシー権を、日本で初めて法的な権利として認め、原告の損害賠償請求を認めました。
なぜテストで狙われるか
「日本で初めてプライバシー権を法的権利として認めた判決」という「初」のポイントが最頻出です。あわせて、これが最高裁判所ではなく東京地方裁判所の判決である点も重要な出題ポイントで、「最高裁が初めて認めた」とする誤答が定番です。
「石に泳ぐ魚」事件(最高裁2002年)
事件の経緯
作家・柳美里が発表した小説の中で、作者の知人をモデルにした登場人物について、身体的特徴を含む私生活上の情報が詳細に描かれていました。モデルとされた人物は、プライバシーおよび名誉を侵害されたとして、小説の出版差し止めと損害賠償を求めて訴えました。
争点
出版・表現の自由を制約する事前の差し止めという強い救済手段を、プライバシー侵害を理由に認めることができるか。
判決・決定の内容
最高裁判所は2002年、この小説の公表によってモデルとされた人物の名誉やプライバシー等の人格的利益が侵害され、その被害は回復困難なものになるおそれがあるとして、小説の出版差し止めを認めました。
なぜテストで狙われるか
出版・表現の自由に対する制約は本来慎重であるべきとされる中で、最高裁が例外的に出版差し止めという重い措置を認めた稀な事例として頻出です。「宴のあと」事件(東京地裁・慰謝料のみ)と「石に泳ぐ魚」事件(最高裁・出版差し止めまで認める)を対比させ、「どちらがどこまでの救済を認めたか」を問う問題が定番です。
2つの判例の比較
| 「宴のあと」事件 | 「石に泳ぐ魚」事件 | |
|---|---|---|
| 判決年 | 1964年 | 2002年 |
| 裁判所 | 東京地方裁判所 | 最高裁判所 |
| モデル小説の作者 | 三島由紀夫 | 柳美里 |
| 認められた救済 | 損害賠償(慰謝料) | 出版差し止め+損害賠償 |
| 意義 | 日本で初めてプライバシー権を法的権利として認めた | 最高裁がプライバシー保護のために出版差し止めを認めた |
プライバシーをめぐる現代の権利と法律
情報化が進む中で、プライバシー権に関連するさまざまな権利や法制度が整備されてきました。
- 個人情報保護法(2003年制定):個人情報を取り扱う事業者に対し、その適正な取得・利用・第三者提供などを義務付ける法律。
- マイナンバー法(共通番号法)(2013年制定):国民一人ひとりに個人番号(マイナンバー)をつけ、社会保障・税に関する情報を管理する制度を定めた法律。2015年から個人番号の通知が始まった。
- 肖像権:本人の承諾なしに、みだりにその容貌・姿態を撮影・公表されない権利。
- 忘れられる権利:インターネットの検索結果などから、自己に関する情報の削除を求める権利。
- EU一般データ保護規則(GDPR):EU(欧州連合)が定めた個人データ保護に関する規則。個人データの取扱いについて厳格なルールを課しており、忘れられる権利(消去権)を明文で規定していることでも知られる。
- 通信傍受法(1999年制定):組織的な犯罪の捜査などにおいて、捜査機関が裁判所の令状に基づき一定の条件下で電話等の通信を傍受することを認めた法律。正式名称は「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」。
例題
例題1(基本)
問題
次の文章の空欄に当てはまる語句を答えよ。
1964年、東京地方裁判所は、三島由紀夫の小説をめぐる裁判で、日本で初めて(①)を法的権利として認めた。その後、2002年には、柳美里の小説「石に泳ぐ魚」をめぐる裁判で、最高裁判所がプライバシー侵害を理由に(②)を認めた。
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「宴のあと」事件で東京地裁が初めて認めたのはプライバシー権です。「石に泳ぐ魚」事件で最高裁が認めたのは、その小説の出版差し止めです。
答え:①プライバシー権 ②出版差し止め
例題2(標準)
問題
「宴のあと」事件と「石に泳ぐ魚」事件に関する記述として最も適切なものを、次の①〜④のうちから一つ選べ。
① 「宴のあと」事件では、最高裁判所が日本で初めてプライバシー権を法的権利として認めた。 ② 「石に泳ぐ魚」事件では、最高裁判所がプライバシー侵害を理由に小説の出版差し止めを認めた。 ③ 「宴のあと」事件は柳美里の小説を、「石に泳ぐ魚」事件は三島由紀夫の小説をめぐる裁判である。 ④ 「石に泳ぐ魚」事件では、出版差し止めは認められず、損害賠償のみが認められた。
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①は誤りで、日本で初めてプライバシー権を認めたのは東京地方裁判所です(最高裁ではありません)。③は作者名が逆で、「宴のあと」は三島由紀夫、「石に泳ぐ魚」は柳美里の小説です。④は誤りで、「石に泳ぐ魚」事件では出版差し止めが認められています。②が正しい記述です。
答え:②
例題3(応用)
問題
次のA・Bの記述と、それぞれが説明している事件・法律の組み合わせとして正しいものを、あとの①〜④のうちから一つ選べ。
A 国民一人ひとりに個人番号をつけ、社会保障・税に関する情報を管理する制度を定めた、2013年制定の法律。 B 個人情報を取り扱う事業者に、その適正な取扱いに関する義務を課す、2003年制定の法律。
ア マイナンバー法(共通番号法) イ 個人情報保護法
① A-ア B-ア ② A-ア B-イ ③ A-イ B-ア ④ A-イ B-イ
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Aは「個人番号」「社会保障・税」「2013年」からマイナンバー法(ア)、Bは「事業者」「適正な取扱い」「2003年」から個人情報保護法(イ)とわかります。
答え:②
例題4(発展)
問題
プライバシー権に関する次の記述のうち、誤っているものを一つ選べ。
① プライバシー権は、当初「私生活をみだりに公開されない権利」として主張されたが、現代では自己情報コントロール権としても理解されている。 ② 「宴のあと」事件は東京地方裁判所の判決であり、日本で初めてプライバシー権を法的権利として認めた事例として重要である。 ③ 「石に泳ぐ魚」事件では、最高裁判所が表現の自由を優先し、出版差し止めの請求を退けた。 ④ EU一般データ保護規則(GDPR)は、忘れられる権利(消去権)を明文で定めている。
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③が誤りです。「石に泳ぐ魚」事件で最高裁判所は、表現の自由よりもプライバシー等の人格的利益の保護を優先し、出版差し止めを認めました(請求を退けたのではなく、認めました)。①・②・④はいずれも正しい記述です。
答え:③
確認問題
問題
「宴のあと」事件と「石に泳ぐ魚」事件について、判決を下した裁判所と、それぞれで認められた救済の内容の違いを50字程度で説明せよ。
答え
「宴のあと」事件は東京地裁が慰謝料(損害賠償)のみを認めたのに対し、「石に泳ぐ魚」事件は最高裁が出版差し止めまで認めた。