公式の証明・導出
二項分布の正規分布近似の考え方
関連単元: 数学B 統計的な推測
証明する内容
確率変数 $X$ が、二項分布 $B(n,p)$ に従うとします。すなわち、
$ P(X=k) = {}_nC_k\,p^k(1-p)^{n-k} \quad (k=0,1,2,\ldots,n) $
であり、期待値・分散はそれぞれ $E(X)=np$、$V(X)=np(1-p)$ であることは、すでに学びました。
ここで紹介するド・モアブル-ラプラスの定理とは、試行回数 $n$ が十分大きいとき、この二項分布 $B(n,p)$ が、平均 $np$、分散 $np(1-p)$ の正規分布 $N\bigl(np,\ np(1-p)\bigr)$ で近似できる、という事実です。
$ B(n,p) \ \approx \ N\bigl(np,\ np(1-p)\bigr) \quad (n\text{が十分大きいとき}) $
この事実は、$18$世紀にド・モアブルが $p=\dfrac{1}{2}$ の場合について発見し、その後ラプラスが一般の $p$ の場合に拡張した、歴史的にも重要な定理です。この定理の厳密な証明には、$n!$ を近似するスターリングの公式など、大学レベルの数学が必要になるため、ここでは「なぜそうなるのか」を、グラフの形の変化に注目しながら直感的に説明します。
証明(直感的な説明)
ステップ1:二項分布のグラフを、$n$ を変えながら観察する
確率 $p=\dfrac{1}{2}$ の場合(たとえば硬貨投げ)を例に、$P(X=k)={}_nC_k\left(\dfrac{1}{2}\right)^n$ のグラフ(横軸に $k$、縦軸に確率をとった棒グラフ)が、$n$ を大きくしていくとどう変化するかを考えます。
$n$ が小さいとき(たとえば $n=4$)、確率の並びは二項係数 ${}_4C_0,{}_4C_1,\ldots,{}_4C_4$、つまり $1,4,6,4,1$ に比例した、カクカクとした山型のグラフになります。これはパスカルの三角形の1つの行そのものです。
$n$ を大きくしていく($n=10$、$n=20$、$n=100$、……)と、グラフを作る棒の本数がどんどん増えていく一方で、それぞれの棒の高さは小さくなっていきます。すると、カクカクした階段状の輪郭が、次第になめらかな曲線に近づいていきます。$p=\dfrac{1}{2}$ の場合、二項係数 ${}_nC_k$ は $k=\dfrac{n}{2}$ を中心に左右対称なので、このなめらかな曲線も、中心が高く、両端に向かってなだらかに低くなっていく、左右対称な釣り鐘型に近づいていきます。これは、まさに正規分布のグラフの形です。
ステップ2:平均・分散が一致していることを確認する
グラフの形が釣り鐘型に近づくことに加えて、その「中心の位置」と「広がり具合」も、正規分布のものと一致します。二項分布 $B(n,p)$ の期待値は $np$、分散は $np(1-p)$ でした。もし $X$ を近似する正規分布があるとすれば、その正規分布の平均・分散も、当然この $np$、$np(1-p)$ と一致していなければ、近似としてつじつまが合いません。ド・モアブル-ラプラスの定理は、まさにこの $N(np,\,np(1-p))$ という、平均・分散がぴったり一致する正規分布によって、二項分布のグラフの形そのもの(釣り鐘型の曲線としての形)まで近似できる、と主張しているのです。
ステップ3:なぜ「山型」から「なめらかな釣り鐘型」に近づくのか
$X$ を、$n$回の独立な試行それぞれの結果(事象Aが起これば$1$、起こらなければ$0$)を表す確率変数 $X_1,X_2,\ldots,X_n$ の和、
$ X = X_1+X_2+\cdots+X_n $
とみなします(これは、二項分布の期待値・分散を証明した際にも使った見方です)。それぞれの $X_i$ は、$0$か$1$かの2択という、正規分布とはまったく似ていない単純な分布に従っています。ところが、このような単純な分布に従う独立な確率変数をたくさん足し合わせると、個々の分布の形によらず、その合計の分布は正規分布に近づいていく、という一般的な現象が知られています(この現象は、後により一般的な形で「中心極限定理」として学びます)。二項分布が正規分布に近づくのは、この現象の最も基本的な例の1つなのです。$n$回の独立な「$0$か$1$か」の結果を足し合わせるという操作自体が、グラフをなめらかな釣り鐘型に近づけていく、と考えるとイメージがつかみやすいでしょう。
ステップ4:近似が使える条件
$n$ が小さいときや、$p$ が $0$ または $1$ に極端に近いときは、二項分布のグラフは左右非対称にゆがんだ形のままで、正規分布のなめらかな釣り鐘型からは大きくずれてしまいます。$n$ が大きくなるにつれて、そして $p$ が $0.5$ に近いほど、二項分布のグラフはより速く正規分布の形に近づいていきます。実際の問題では、$n$ が数十から数百程度あれば、多くの場合この近似はよい精度で成り立ちます。
近似計算の例
例題:1枚の硬貨を$100$回投げるとき、表が出る回数を $X$ とします。正規分布による近似を用いて、$X$ が $40$回以上$60$回以下となる確率を求めなさい。
近似分布を求める
$X$ は二項分布 $B(100,\ 0.5)$ に従います。期待値と分散を計算します。
$ E(X) = np = 100\times0.5 = 50 $
$ V(X) = np(1-p) = 100\times0.5\times0.5 = 25 $
ド・モアブル-ラプラスの定理より、$n=100$ は十分大きいので、$X$ は近似的に正規分布
$ N(50,\ 25) $
に従うとみなせます。標準偏差は $\sigma=\sqrt{25}=5$ です。
標準化して確率を求める
$X=40$、$X=60$ を、標準化の式 $z=\dfrac{x-m}{\sigma}$ を使って、それぞれ $z$ の値に直します。
$ X=40 \ \text{のとき}: \quad z = \frac{40-50}{5} = \frac{-10}{5} = -2 $
$ X=60 \ \text{のとき}: \quad z = \frac{60-50}{5} = \frac{10}{5} = 2 $
したがって、求める確率は $P(-2\leq Z\leq2)$ と近似できます。標準正規分布の対称性($P(-2\leq Z\leq0)=P(0\leq Z\leq2)$)を使うと、
$ P(-2\leq Z\leq2) = 2\times P(0\leq Z\leq2) $
正規分布表の値 $P(0\leq Z\leq2)=0.4772$ を代入します。
$ P(-2\leq Z\leq2) = 2\times0.4772 = 0.9544 $
したがって、硬貨を$100$回投げたとき、表がちょうど$40$回以上$60$回以下出る確率は、正規分布による近似では、およそ $\boldsymbol{0.9544}$ と計算できます。(参考: この近似を使わずに二項分布の確率をそのまま計算しようとすると、${}_{100}C_k$ という非常に大きな数を $k=40$ から $60$ まで、$21$個分も計算しなければならず、現実的ではありません。正規分布による近似のありがたみは、まさにこの計算量の違いにあります。)
この証明のポイント
「単純な分布に従う独立な確率変数を、たくさん足し合わせると、全体としては正規分布に近づいていく」という現象は、統計学の中でも特に重要な考え方の1つです。二項分布の正規分布近似は、この現象を最も基本的な形で体験できる例であり、後で学ぶ「標本平均が正規分布に近づく」という中心極限定理も、まったく同じ発想の延長線上にあります。この近似のおかげで、複雑な二項分布の確率計算を、扱いやすい正規分布の標準化と正規分布表を使った計算に置き換えることができるのです。